「ママ先生✖️ライフコーチ✖️ファシリテーター」の徒然日記

ライフコーチであり、ファシリテーターであるママ先生の、思いついた徒然を不定期で綴っていきます!

首藤先生ビビッと語録〜首藤先生をお招きして〜

昨日、友人と主催する学び(遊び)サークルに、千葉大学名誉教授の首藤久義先生に、お越しいただきました!

 

首藤先生は、国語の教科書の編纂に長い間たずさわっていらっしゃるかたで、もう、国語の大御所!です。すごい方です!

今回、首藤先生にお会いできるということで、ワクワクドキドキして参加(運営)しました。

 

イベントタイトルは、

「育つのは自分〜プロジェクトベースの国語学習から考える〜」

 

首藤先生のお話を伺っていて、ビビッときた言葉がたくさんあったので、

勝手に、「首藤先生ビビッと語録」にまとめてみたいと思います。

 

〜 首藤先生ビビッと語録 〜

「勉強は自分のため。したくない子はしなくていい。」

 ・・・究極の名言。まさしく。勉強はしたいからする、面白いからする。が一番しっくりくる。教師としては、これを子どもに経験させたいところ。だからこそ、「子どもが本気になって「やりたい!」と思うものをやる。

 

「自分の頭で考え、自分の心で感じる。」

 ・・・なんというか、シビれました・・・。言語力は、そのために必要なもの。自己表現のためのもの。しっかり、自分の頭で考える。そして、心で感じる!それを、言葉にする。素の、正直な、むき出しの自分を表現する、という感じ。そういう、一、人間でありたい。

 

「教室」ではなく、「学室」

 ・・・ああ、いいなあ〜って思いました。学室。学室に行く、の方が、数百倍、いい。頭の中が、カラフルになる。

 

「言葉は変わる。何が美しく、正しい日本語かは、一人ひとり、違う。伝わることが大切。」

・・・国語の大家のセリフとは思えない、いや、だからこそ重い一言。言葉は、そこに込められた想い、想いの強さ、オリジナリティ、思慮深さ、新鮮さ、インパクト、清らかさ、個有の意味、ストーリー・・・・そういったものが、言葉を生かす、のかもしれない。それこそ、「自分の頭で考え、自分の心で感じ」たもの、そのもの。

 

「ちっちゃな奴とは喧嘩しない。」

 ・・・最高にカッコいい。名言。わたしもそうする。

 

「ぜひ見捨てて欲しい」

 ・・・見捨てる、見捨てないって、なんだ。わたしが抱いていたモヤモヤへの痛快な答え。

 

「学びと学びをつなげるのは、子ども自身」

 ・・・その通り。どの学びとどの学びがつながるかは、その人次第なのだ。その人の価値観、嗜好、状況・・・。学びは、出会いそのものなのだから。

 

「書きたくないときは、書かない。それが、書くのがうまくなる1番の方法。」

・・・自分自身に当てはめると、まさにそう。毎日書く、という取り決めは、全く自分にとってナンセンス。(あ、リフレクションは、別だけど)

ブログなんかは、ビビッときたときに、書く。書きたいものがあるときじゃないと、書けない。当たり前のこと。自分がそうなのに、子どもに必ず書けというのは、さらにさらにナンセンス。「書きたいときに、書く」これが、王道の王道だ。 

 

「プロジェクトベースじゃなくていい。」

 ・・・これもビビッと。何かの技法、授業スタイル、にしばられない。目の前の子どもが授業スタイル。これ、真髄かも。

 

「一人ひとりに応じた内容。一人ひとりに応じた分量。」

 ・・・これに尽きる。「山ほど、実践例は、ある。」その通りだろう。目の前の子どもの数だけ、実践例は生まれるのだから。

 

首藤先生には、今後もぜひ、たくさん教えていただきたいと思いました。

勝手に学室の一員気分です。

ありがとうございました!

 

 

 

 

 

ごんロス状態!〜「ごんぎつね」サークル対話その後〜

前回書いた、サークル対話のその後について、書きます!

「ごんぎつね」で挑戦した、サークル対話。

全6回、子どもたちによる問いについて、対話を重ねてきました。

単元を通して、サークル対話をすることで、一歩一歩、積み重ね、

対話のスキルを身につけることができたと思います。

 

ごんぎつねラストの問いは、

「ごんの人生は幸せだったのだろうか?」

でした。

ごんぎつねって、往年の名作で皆さんうっすらとくらいは、覚えていらっしゃるんじゃないかと思います。

兵十がごんを、何か盗みに来たと勘違いして、銃で撃ってしまうという、衝撃のラスト。

「幸せだったか?」

という問いは、意見が分かれるだろうなぁと予想していました。


ミニレッスンは、そんな本時に残しておいたもの。

題して、

☆「ちがい」が そうぞう力(新しい考え を生み出す力)を のばす! 

 

2項対立って、「相手を負かしてやろう!」みたいになっちゃいがちな面も。

でも、あらかじめ、

「ちがい」の価値

を伝えることで、対話中にその「ちがい」に興味をもち、

「ちがい」をよく知るための対話が生まれると考えました。

これが、バッチリ功を奏しました!


子どもたちは、今回の

 対立の生まれる問い、「ちがい」を知ることのできる問い

について対話することを、とても楽しんだようでした!


対話中は、誰もが生き生きと参加し、自分とは違う他の意見を聞きたい、という雰囲気が生まれていました。
なんというのかな、全体の雰囲気が、良い!


対話を、自分たちに任されていることを誇らしく感じながら、
真剣に、かつ楽しんで対話していることがよくわかりました。


帰りのジャーナルでは、ごんぎつねについて書く子が多かったです。

「もうごんぎつねの学習が終わってしまうなんて寂しい」
「ごんぎつねのサークル対話が楽しかった」
「ごんぎつねの問いが、最後まで行ったことが嬉しい」
「ごん日記のタイトルをつけるのが楽しみ」
「ごん、兵中、ありがとう〜!」

「ああ、あの頃(サークル対話の初めの頃)に戻りたい・・・」

など・・・

 

まるで、ごんロス状態!(笑)

確かに、本当に楽しそうでしたが・・・ここまでとは!


対話のスキルを徐々に教え、練習していくことの効果を実感しました。
今回のごんぎつねのサークル対話では、「子どもたちに任せる」ことにこだわり、
そのための手立てを毎時間リフレクションしながら打って来ました。
本時は、ミニレッスンを受け、新たに「ちがいを知るための質問」というのを取り入れました。
これにより、子どもたちの対話は一歩進んだと思います。

サークル対話の場で、様々な質問をされることにより、自分の考えが揺さぶられ、もう一歩深く考える機会を得られたのだと思います。


今日のサークル対話を見ていて、

「やっぱり私は、こういうのが好きなんだなあ〜」

と感じました。


でこぼこの、個性豊かな子どもたちが、一人ひとりその子なりに真剣に語り、そしてそれをみんなが「受容」し、階段を上り下りしながらも、みんなでその学びを楽しみ、問題解決しようとする姿。
なんだか、まるで僕らの七日間戦争の作戦会議を見ているかのよう!
そういうことが、授業でできるといいな〜と漠然と思っていました。
今回は、もちろん、子どもたちの完全自由な内容ではありませんし、
遊び時間とは違います。

でも、そういう要素を、授業の中に取り入れたかったんですよね。


その中に、やっぱり、教師はいないほうがいい。(できるだけ)
学習のめあてを達成できるよう、できる限り手立ては打ちますが、
教師が対話に立ち入ると、一気に答え当てクイズになってしまい、子どもたちはもっていた考えを引っ込めてしまいます。
今回、計6回のサークル対話を経て、このことを実感しました。

 
今後は、このサークル対話を、クラスでの日常の問題解決、
道徳、総合などでも活用しながら、さらに高めていきたいと思っています。

 

ワクワクするぞ〜!

サークル対話で「ごんぎつね」〜対話のスキルを伝授中!〜

今回は、3つ目の、対話を重視した道徳・国語(読み)授業について、書きます。

 

 夏休み中に読んだ本で、(正しくは、出版前の原稿の段階)

対話からの学びの重要性を再発見しました。

子どもたちが、自分たちで対話ができるようになれば、

多くの学びをサポートし、成長を加速することができるのでは!?

そして何より、自分たちで学ぶ力を高めることができる。

そう考え、さっそく、2学期より、対話の具体的な指導をスタート。

 

道徳、国語の読みで、少しずつ取り入れ、段階的に伝えて行く予定です。

 

もちろん、これまでも、対話をしてこなかったわけではありません。

こちらがファシリテートしながら、対話を促してきました。

今回は何が違うかというと、教師不在で対話ができるようになるよう、

スキルを伝授していく、ということです。

 

まずは、対話と傾聴について伝えました。

本から学び取ったことで、子どもたちにぜひ伝えたいことを、

わたしのこれまでの経験と学びの要素からアレンジして資料として作成。

 

本当は、ここに載せたかったのですが、

大元の本がまだ出版されていないので、控えさせていただきます。

 

多くの子が、真剣にメモを取りながら聞いていました。

みんな、賢くなりたい!と思っているんだなぁ・・・としみじみ。

 

そして昨日、国語の往年の名作「ごんぎつね」で、サークル対話を行いました。

対話のテーマは、みんなで話し合いたいことを出し合い、決めました。

昨日は一つ目のテーマ、「ごんはなぜいたずらばかりしていたのだろうか?」について。
座席は椅子を使ったサークル。文字通り、「読み」のサークル対話です。サークルタイムは毎朝やっているので、子どもたちは慣れています。
先に、「対話」と「傾聴」について復習し、対話をスタートさせました。


板書は模造紙を2枚貼り合わせ、真ん中にごんの絵をクレヨンで描いた用紙を黒板にはり、「ごんマップ」を作成することにしました。

 

対話が行き詰ったり、立ち行かなくなったら、もちろん間に入るつもりでしたが、基本は私はサークルには入らず、ファシグラに徹しました。

 

授業を、学年の先生が二人も、長いこと見て行ってくれました。すごく嬉しかった!

 

約30分間、私は全く立ち入る必要なく、子どもたちのサークル対話は続き、時間切れに。対話に、司会進行など、いりませんね。

1学期からの様々な学びの積み重ねが、生きてるな〜、

「この子たち、すごいな〜!」と思いました!


対話中、ある子が、
「「おれと同じ、ひとりぼっちの兵十か。」と言った後から、ごんはいたずらをやめたでしょう?」
という発言をした時、ビビッときました!
わたしは内心、
「え、そこまでこの学習問題で読んじゃうの?!すごいな!!」と、仰天!
思わず、対話に立ち入り、聞き返してしまいました。


ここは、ごんの人柄や境遇、背景について思考することが目的だったのですが、
彼女の思考はそこを軽々と飛び越え、先に行っていました。
ここに乗っかって発言する子はいなかったですが、
この先の学習のものすごい布石になると感じました。


みんなの問いで学習計画を立てた際、場面ごとに順に整理してテーマを配列しましたが、本時では、1場面と限定はせずに、子どもたちに考えさせました。

直感でしたが・・・、それが功を奏したな〜と思いました。


やはり、子どもの思考に制限を加えてはいけないと思い知りました!
いや〜、面白かったです。。

このやり方を継続し、今後さらに対話のスキルを徐々にレベルアップして教えていく予定です。
ラストの「ごんの人生は幸せだったのだろうか?」の対話をするのがとても楽しみになりました!

 

 

 

 

  

 

算数は子どもに授業をしてもらっちゃおう!

次は、二つ目の、「算数子ども先生」についてです。

 

「自分たちで授業を進めるという意識をもつ」

というのが、校内研で目指す姿の一つとして挙げられています。

 

夏休み中に、「そこがなかなか難しいよねえ〜」という話になりました。

そこで、ふと思いついたのがこれ。

「子どもが授業をやっちゃえばいいのでは?」

算数などは、学習することは全て教科書にバッチリまとめられている。

これまでも、子どもたち同士の学び合いは重視してやってきて、そのスキルもしっかり身についてきている。

ということは、もう、授業もお任せできちゃうんじゃないの?

そういう実践は、これまで、様々な場面で目にしたり、耳にしたりしてきました。

そうだ、うちもやってみよう〜!

 

というわけで、2学期早々に、「算数子ども先生」、スタートさせました。

いきなり、全部できるわけではないので、

これまで私がやっていたミニレッスンを、希望する子にやってもらう、

ということからスタート。

 

「1億より大きな数」というはじめの単元で、第1〜2時くらいまではこれまで通り私がミニレッスンをし、

第3時からは「先生の代わりにミニレッスンしてくれる人大募集!」と言って、

まずは例題ごとに募ってやってもらっています。


はじめのうちは、これまで通り自分の考えを説明する、という感じだったので、

あまり1学期とぱっと見は変わりがありませんでしたが、

最近、少し変化が生まれてきました!


先日、ある子が、

「みなさん、この中で一番大きな数はどれだかわかりますか?」

という感じでみんなに問いかけ、みんなが参加できるポイントを作ったのです!

教師の、基本中の基本技ですよね!

 

ミニレッスンでは、必ず最後にみんなに「わかりますか?」や、「質問はありませんか?」と問うようにお願いしています。

 

その子のミニレッスンでも、終わりに

「質問はありますか?」

とみんなに聞きました。

すると、はじめ全く反応がなかったので、私が

「最後の1と0の数字を入れ替えたら、ダメなんですか?」

と質問してみました。

すると、その後から、次々と質問が出てきました。

しかも、この問題の解き方だけではない、関連する興味関心を子どもたちが話し出しました。

「0000000001ではダメなんですか?」

や、

「一つの数字を2回使っていいとしたら、どうなるんですか?」

などなど・・・

おお!?面白いな〜、と感じました。

子どもたちも、その出される問いに、興味をもって考えているのが見て取れました。

こういう問いは、ただ説明させるだけだったら、出てこなかったんじゃないかな?

とぼんやり考えました・・・。


そして、子どもたちに委ねると、自然な探究が生まれやすいのかな?と思いました。

さらにチャレンジを続けてみます!


これからどんな風に他の子のミニレッスンが変化していくかと〜っても楽しみです🎵

 

 

 

自立学習リニューアル・オープン!

2学期の新しい学びづくり、一つ目の、自立学習について書きます。

 

1学期にやっていたものは、昨年度の2年生でも使用していたもので、子どもたちが計画を立てるという面で、ある意味簡易的なものでした。あまり細かく計画を立てるのは、まだ低学年には難しいと思っていたからです。

1学期の自立学習の様子を夏休みに振り返り、リニューアルしました!

 

大まかには、こんな感じです。

①計画を立てるスペースを広げ、

家庭学習タイム(○時○分から○時○分まで)、

スキル・ノート練習、

宿題プリント、

バッチリメニュー、

わくわくメニュー、

というように、週予定の下に項目を設けた

 

②宿題プリントを減らした

③家の人のサインまたは一言コーナーを付け加えた

④漢字のミニテストを毎週火曜の朝に固定した

⑤わくわくメニューを、7月にやった自由学習プロジェクトとつなげた

⑥毎日提出ではなく、週3回提出に変えた

(月、水は1〜16番、火、木は17〜32番、金は全員、という感じ)

 

どれも、1学期の実態から改善案を出し、リニューアル。

リニューアル後、2週間実施してみました!

どんな様子かというと・・・

 

・予定を立てるとき、かなり真剣な表情で、よく考えて、立てるようになった。

・自分で立てた予定を、実行したい!という気持ちがめあてに強く書かれるように。

 ・提出状況が良くなった!

・やらされ感 →  自分の学びへ

・文字が丁寧になった!

・漢字が正確に書けるようになった!

・自由学習を楽しみ、様々なことにチャレンジし始めた!

・毎日のチェック作業が格段に楽になった!(これ、最高〜)

 などなど・・・

 

かなり手ごたえを感じてます。


予定の立て方、

興味を持ったことの調べ方・学び方、

自由学習プロジェクト(自由探究活動)

〜つまり、主体的に学ぶことに関する内容〜について、

自立学習に関してだけでなく、

2学期に入ってから、どの授業においても意識的に関連づけて来たことが

影響しているのではないかなと思います。

算数では、子どもたちに授業をしてもらうことを始めてみました。

おそらく、その辺も関わりがあると思われます。

引き続き、様子を見ていきます。

 

次回は、その算数について、書きます〜。

 

写真は、昨日雨の中遊びに行ったちびっ子広場のそばにある、

シャッターアーケード街にひっそりと1店舗だけ残っている、古〜いトンカツ屋さんのヒレカツ定食!もう1枚あったけど、これは娘用に切ってもらいました。

小さいお皿に千切りキャベツ、ポテトサラダも一緒につけてくださり・・・ミニチュアトンカツ定食で、出て来ました!感激〜

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2学期、スタート!新しい学びも、スタート!

一雨ごとに、気温が下がっていき、爽やかな気候になってきました。

 

夏休みは楽しく遊び、学ぶ日々だったのが・・・。

2学期始まると一転!様々な行事の打ち合わせ・準備・スケジュール調整などで、かなりハードな日々。全くブログ記事を書く余裕がありませんでした・・・。

久々の投稿です!

 

2学期がスタートして今日で2週間。

授業は、とっても楽しんでいます。

教師が授業を楽しむのが、やっぱり、いいよなぁ・・・。と感じているこの頃。

 

7月から夏休みにかけて、じっくり読んだ『遊びが学びに欠かせないわけ』で、

私の授業観は結構変わりました。そして、まだ出版される前のある本の原稿を読ませていただいたことで、具体的にやりたいことが見えてきました。

早速、その感覚と計画を9月からフル始動し、2学期の授業をスタートさせています。

 

そしてそれが毎日、かなり楽しい!!

いきなり大きく変えるのは難しいので、少しずつトライしていますが、

その少しずつでも、子どもたちの変化が見られ、また楽しい。

 

じゃあ、どんなところをどんな風に変えたの?

というところを、実践しながら、途中経過を書いていきたいと思います。

大まかにいうとこんな感じです。

 

①自立学習リニューアル

②算数子ども先生

③対話をメインにした道徳、読み(国語)

④探究学習スタート、総合、理科、社会

 

次回から一つずつ書いていきます。

 

 

懐かしい人々に会って、自分のライフデザインについて考える

先日、中学の同窓会がありました。

卒業して、25年が経ちます。男性の年祝いの年ということで、

地元にいる女性陣が幹事になって、企画してくれました。

女性の年祝い(33才時)にも同じように同窓会やってたらしいけれど、

私はおそらく全く気が向かずに・・・参加しなかったのでした。

今回、ふと、参加してみたいな、と思い、ほぼ初めての同窓会参加。

中学の同級生で、今も付き合いがあるのは1人だけ!

他の人は、全く音沙汰なく、記憶も中学生のまま・・・

行く前は、一体、どんな顔して何話せばいいのやら。不安なくらいでした。

 

ドキドキしながらも、行ってみれば、受付のところで即、

「〇〇ちゃん!?!?うわあ〜!久しぶり!!!」

てな感じで、いきなり盛り上がったのでした(笑)

 

田舎の中学で、人数も少なく、全部で70人ほどだったのかな。

そのうち、30人が集まりました。

中学生から、みんないきなり四十路のいい大人に変身。

タイムスリップしたかのようでした。

 

中学時代は、内気で(多分)、コンプレックスの塊で(確か)、

置かれていた卒業アルバムの表情が怖くて(!)びっくりしたほどの当時の自分。

当時の印象からは多分結構変わったであろう私のことを、みんな

「わがっちゅ!!(分かるよ!!)変わんねにゃあ〜〜〜!!(変わらない〜〜!!)」

と言ってすぐに受け入れてくれました。

もしかしたら、そんなことを気にしていたのは、自分だけなのかもしれない。

 

立派な大人になった様々な友人達の、これまでの話を聞いていると、

一人一人の背景にある25年の月日を感じたのでした。

なかなか25年を感じることって、ないです。

 

友人が複数名、様々な理由で亡くなっていました。

 無事この場に集まることのできた同級生達。

何よりそれが、ありがたいことだな、と感じました。

結婚、子育て、離婚、仕事、転職、生活拠点の移動などなど・・・

30人、それぞれの背景の25年があるようでした。

 

たわいもない会話から・・・

25年の月日の流れを感じる、貴重な機会。

かなり不思議な感覚でした。

 

この不思議な感覚を、帰宅してからも、味わっています。

いろんな人生がある。

さあ、自分はこれからどんな風に生きていこう。

 

リタイヤしてもう6年が経つという恩師が、

「今、40でしょう。これからもっと色々あるわよ。」

と言っていたのが、「おお〜!」と心に沁みました。

説得力が、ハンパない。

 

幼い娘もいるし(夫も←後回し)、仕事もあるし、家もあるし・・・。

それぞれのことに必死になって、日々、生きている。

かなりの制約があるとも言える。

自分のことは、最も後回しになっている現実。

でも。

どこで、どう生きようとも、

この人生は、たった一つの、自分の人生。

私自身が、今までも、この先も、どう生きて生きたいか、

決めることのできる、人生のオーナーだ。

当たり前のことなのだけど、そういうことを、改めて感じた同窓会でした。

 

なんというのかな。

ギュッと、何かで自分をしばっていたのを、

ふっと、力を抜いて、緩めた感じ。完全に外れはしないけれど。

それが、四十路の、これまで自分が作ってきた、自分という人生なのだろう。

 

みんなそれぞれのフィールドで、それぞれに精一杯生きているということを感じたのでした。

私も、さらにアクティブに、クリエイティブに、楽しく。

今ここにいる自分自身を、思い切り、生きよう。これからも!

 

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