1学期後半戦を、リフレクションする〜『遊びが学びに欠かせないわけ』から〜
夏休みに入り・・・実家に帰省しています!(パパを一人家に残し・・・)
実家って・・・最高ですね!!!
この開放感!!そして気の使わなさ!?
嫁に出てみると分かる感覚と言うのでしょうか。
両親もすでにリタイアしているので、お気楽趣味三昧の日々にお邪魔しており、
孫とお気楽娘の相手をしてくれます。
幸せ〜!
娘も、家とは違う顔を覗かせてみたり・・・
面白いです。
さて、ようやく、1学期後半戦を、落ち着いて振り返ることができます。
ふと頭に浮かぶことを書いてみます。
☆『学びが遊びに欠かせないわけ』視点から振り返る
この7月は特に、この本からかなりの影響を受けていました。
心理学の実験や調査で明らかになった「学び」と「遊び」の関係。
サドベリースクールの実際や卒業生の調査。
どれもとても興味深く、軽い衝撃を覚えるものばかり。
7月は本当に、忙しい日々でした。栄養ドリンクを毎日飲んでいた・・・。
この状態がまずはおかしいと考えるべきで、反省を生かして変革して行くべきだなあ〜と思っています。
「どうしてこんなに忙しいのだろう?」
サドベリー・バレースクールと実際(日本の公立校)を比較すると一番に感じられたのは、ここです。
以下、引用です。
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「責任感は他者との関わりなしでは育ちません。責任能力を育てたいなら、責任感をもてる自由を提供しなくてはなりません」
「自分自身で成長を導き、世界を自分で発見できるようになることを可能にすること」
「不確実な時代の失業に対する最も良い対策は、親や教師に駆り立てられるのではなくて、「自主的に行った経験を通して身につける資質」だということが真実」
「子どもたちは、学校の中にいようが外だろうと、自由度を失い、よりコントロールされ、自ら始める冒険は奪われます」
「人の特性を育成しようとするときに、最も確実な方法はそれをすでに持っているかのように扱うこと」
「子どもが遊べて探索できる安全な場所や機会を見つけるか、作り出す」
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今の公立学校の実際は、
(公立小学校に努めて12年目になるわたしの個人的な見解ですが)
「責任感をもてる自由」
「世界を自分で発見できる」
「自主的に行った経験を通して身につける資質」
「自ら始める冒険」
というのは、まず皆無ではないかと感じます。
実は、どこの学校でも、おそらく、それらを目指して四苦八苦しながら研究しています。ですが、そんな環境を作ることができない最も大きな原因が、この多忙さではないかと思うのです。
公立校ではまず、教科書をカバーすることが当たり前だとされています。
この「教科書のカバー」というのが曲者で、低学年はそうでもなかったと思うのですが、中学年くらいから、実は、かなりの量があります。(脱ゆとりから・・・?)
公立小学校では、教科書を使用した授業の他にも、様々な学校行事や学年行事、それに向けた準備、練習、食育に安全教育、保健指導、英語教育、読書教育、奉仕活動、児童会活動・・・・
挙げればきりがないほど!?様々なことを授業時間を使ってやっています。
それらと、学習と、時間をうまくやりくりして、計画を立て、進めています。
なんとかこなす、で精一杯になっている若い先生がどれだけいることか。
そして、そんなこんなしていると、「時間が、足りない!」というのは普通に起こってくるのです。
そんなにてんこ盛りに詰め込まれた予定がある中で、どうして子どもたちに、
「責任感をもてる自由」
「世界を自分で発見できる」
「自主的に行った経験を通して身につける資質」
「自ら始める冒険」
を提供できるでしょうか。
いやいや、無理・・・!!!というのが、本音のところ。
障害は大きいな〜、と思います。
でも、それが一般的なのだから、なんとかその中で、
「子どもが遊べて探索できる安全な場所や機会を見つけるか、作り出す」
ということを、模索していきたいな〜、と心底思います。
この7月は、こんなことばかり、考えていました。
サドベリーバレースクールでは、決まったカリキュラムなどはなく、
子どもたちは言ってみれば、気の向くまま、遊んだり、興味のあることをやったりするのだそうです。
思う存分、好きな遊びや物事に熱中し、当たり前のようにそこにいる他者(異年齢)と関わり、一緒に活動する。
ゲームなどで年長者から多くを教わり、年少者には教える立場で責任感を身につける。
連日、朝から晩まで好きな物作りや実験に熱中する、というようなことも。
卒業生は、興味・関心をそのまま仕事にし、クリエイティブな分野で活躍している人が多いそう。
読めば読むほど、
「何!?その素敵な学校。」
と驚き、現実との違いを考えてしまいました。
よく、「好きなこと」と「仕事」は一致させるのは難しい、みたいな話を
聞いたことがあります。が、ここでは違う。「好きなこと」をそのまま「仕事」に生かすのが当たり前。
そして、自分の授業への意識に、変化が生まれ始めました。
「モヤモヤ感」というか、「違和感」というか・・・
昨年度から、
『子どもたちの「自由度」を高めれば高めるほど、「主体性」も高まる』
と感じ、様々に工夫しながら授業づくりをやってきていました。
が、この本を読み始めてから、授業中に、
「いやいや、まだまだ、全然だわ!」
「結局、私が指示してやらせている活動のいかに多いことか。これじゃダメだ」
というような感覚が生まれ始めました。
子どもたちの反応や動きも、今までとはちょっと違った視点で見るようになり、
変わらない様子なんだけれど、私自身がモヤモヤしたり。
今の自分の考え方、やり方を、根本から見直さなくては。思いました。
そして、それに伴い、(かなり影響を受けて!)ちょっとずつ、
学習活動を変化させてみたりもしました。
次は、それについて、具体的に書いてみたいと思います。
湯沢(秋田)の、絵燈籠まつり!